2014年1月アーカイブ

不要なナースコールの悩み

看護師の心得として、よく言われるのが
「患者さんの訴えはどんなに些細なことであっても傾聴すべき」という戒めです。
そして多くの看護師がこの戒めを叩き込まれ、そうあろうと努力をしています。


しかし、現実には「寂しい」「不安だ」という心の声よりも
急変の患者さんの対応などより緊急度の高いものを優先させるしかありません。


このスローガンは、確かに立派な戒めで正論ではありますが
実現するのはとても難しいものです。
ですから、この戒めは大原則ではあるけれども
時々振り返るべき戒めとして心にとどめておくだけで良いと思います。


そこで、できることと言えば、先回りしてケアすることしかありません。
もちろん全てを先回りすることはできませんが
1日のタイムスケジュールを考えて患者さんごとに
訪室のタイミングを調整するなどで、回数は少しだけ減らせるかもしれません。


この問題を解決するためにも、少し現実的な目線で見てみましょう。
もし人手が増えて、ナースコールにも常に余裕を持って応じられるなら
看護師はナースコールに追われなくなり、患者さんの要望にも全て応えられるでしょうか?


たぶん、人手が増えれば患者さんへのケアは今以上に手厚くできるようになると思います。
しかし、また別の悩みができるのではないでしょうか?


患者さんはなんとしてでも病気を治したいと考えますから
医療技術が発達するにつれて、自分の病気が治らないということが
受け入れ難くなってきているように思います。
そのため、病気がなかなか治らない患者さんはイラだち
些細なことに腹を立ててナースコールを押してしまうのです。


人手不足が全ての原因ではありません。
もし人手が十分に足りていても、きっとまた別の不満が生まれます。
確かにゆとりは必要です。
でもそれは、患者さんのためにというよりは看護師のためにでしょう。


人生には思い通りにならないものだと考えると
人を思いやる気持ちがゆとりに繋がるかもしれません。

看護師の悩み(不要なナースコール)

<不要なナースコールについての悩み>


具合が悪いなど、特別な用事があるわけでもないのに
頻繁にナースコールを押して呼びつける患者さんに困っています。


どこの病院でもそうだとは思いますが、ただでさえ人手が足りずに
ナースコールに追われている状態なところに
頻繁に押されてしまうと「ああ、またか」とうんざりしてしまいます。
しかし対応が少しでも遅れると不機嫌になり、怒られてしまいます。


病気になってしまい、心細い気持ちや不安な気持ちは分かるのですが
忙しいときに、呼びつけられるとどうしてもイライラして、そっけない態度になってしまいます。


必要のないナースコールは控えて欲しいと思ってしまうのですが
そんな風に考えてしまうことは、患者さんに寄り添えていないのでは
と自己嫌悪に陥ってしまいます。
もっと人手があれば、こうした患者さんにも
穏やかな気持ちで対応できるのですが。

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ただでさえ人手が足りずに、大忙しの中で
どうでもいい内容で呼びつけられると脱力してしまいますね。


急変や大失禁などの対応中に焦って駆けつけてみれば
「ラジオの電池を換えて欲しい」「新聞を買ってきてくれ」など
緊急性のない用事......。


こうした要求は、かつて家族が来てやっていたことですが
ご家族がいない、いてもほとんどお見舞に来られないということで
こうした仕事が看護師に回ってくることがあります。


近年、家族関係の変化か
明らかに身の回りの些細な頼みごとをする患者さんは増えてきています。


忙しい中、嵐のようなナースコールが続くと
誰でもイライラしてしまうものです。
どんなに出来た穏やかな人間にも忍耐と寛容さには限界があり
忙しければ忙しいほど、その壁は低く壊れやすくなってしまうからです。

治らない患者さんへの対応

死に対する考え方は人それぞれだと思います。
私達若い者は、人間というのは
ある年齢まで生きれば「もう十分」と思うのではと考えますが
そう簡単に割り切れるものではないようです。


長く生きたということは、それだけ生に対する執着があったからこそと
考えると、長く生きるほど「もっと生きたい」と思うのかもしれません。


ですから、死ぬ瞬間まで死を受け入れられずに
とことん治療を望む人も多いのです。
看護している者からすれば、わざわざ苦しい道を選んでいるように
見えてしまうときがあるかもしれません。


けれども、これは他人が横から口を出すことではないのです。
最終的な判断は本人が納得して下すべきことです。
私達にできるのは、その思いに寄り添うことしかありません。
看護師の悩みは尽きませんね。中には本当に看護師を辞めたいって思っている方もいるかもしれません。こんなときにぜひ見ていただきたいサイトがありますので紹介しておきます。
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「治療して治る見込みがない以上、潔く死を受け入れるのが美徳。」と
考える人もいれば反対に「じたばたしながら死ぬ」ことを選ぶ人もいます。
これは一般病棟であれ、緩和病棟であれ自由です。


特に緩和ケアに入院するということは、死について考えた結果のことです。
しかし実際に死という初めての体験に対して、
気持ちが付いていかない、理想と現実が違いすぎるなど
とまどうことも多いのです。


患者さんと真剣に向き合えば向き合うほど、
こうした悩みや死の恐怖に深刻に考えすぎてしまいますが
私達が何か解決策を出そうとしすぎてしまうと
患者さんが自分の気持ちを否定されてしまったような気がしてしまいます。


最終的には何とかなるものですから
広い意味で「大丈夫ですよ」と「気休め」を言うしかありません。
この気休めは悪い意味ではなく、自分の無力さを受容した上で
相手を楽にしてあげたいという祈りの言葉でもあるのです。


助かる見込みはないけれど、それでも大丈夫と
患者さんを安心させてあげるのが看護師としてできる唯一のことではないでしょうか?

<治らない患者さんへの対応についての悩み>


緩和ケア病棟で勤務しています。
緩和ケア病棟にはいずれ訪れる終末を受け入れている方が
相当数いるという印象を感じています。


しかし、実際には死というのは怖いものであり、
恐怖を感じている方がいるのは事実でしょう。


患者さんによっては死にたくないと切実に訴える方や、
明日死ぬのかもしれないと不安を抱える方がいらっしゃいます。
そのような方々に「大丈夫」ということを言ってもいいのでしょうか?


大丈夫なんてことを言っても、そんな分けない!といって
怒られたりしてしまいそうで中々切り出すことが出来ません。
何を言っても意味がないのでしょうか?
どうすればいいのかわかりません。

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私も以前緩和ケアで働いていたので
この質問者さんの気持ちが良く分かります。


まず、前提条件としてですが緩和ケア病棟といっても
その病棟によって患者さんは様々な層があります。


私が働いていたのは、比較的審査が緩く
様々な状態の患者さんが入り乱れている状態でした。
一般病棟と変わらないと感じるところも多々ありました、


勿論、この背景にはベッドの稼働率の問題などもありますが
あまりにも厳しく審査してしまうとスタッフの精神的な負担が
とても大きくなってしまうのではないか、と思います。


質問者さんの勤めている病棟がどのような場所かは
分かりませんが、ある程度厳しい審査が行われる
緩和ケア病棟として質問に答えたいと思います。

障害児の親御さんの考え方

積極的治療をしないことの選択には様々な要因が絡み合うと考えられます。
今回の話では長い将来のある子供ということで大きな葛藤があるかもしれません。


しかし、これが高齢なお年寄りが脳卒中患者さんの場合、
呼吸管理を希望しない家族というのはかなりの数がになります。
このような場合も本人の意思は不明なケースになるわけですが、
若い人ではなく年寄りということだけで葛藤が少ないのは
私たちの価値観に左右されているとも言えるでしょう。


また、人によっては少しぐらいの負担であれば背負って頑張ろうという人もいます。
そうでない人もいるのです。
ですから、個人の意思決定には私的なもの公的なものそして社会的なものが
複雑に絡み合って下される判断となるため、
その善し悪しを一言で言い切ることは出来ないのです。


ですから、貴方がそのことに対して責任を感じる必要はなく、
逆に責任を感じないようにすることをオススメします。


忘れてはいけないのが
「生き延びないことが子供のためだ」と誤魔化さないことです。


子供を育てるのは親ですから赤の他人がとやかく言うことはできません。
しかし、この選択は子供自身が選んだものではなく
親が選択した結果です。
そこを誤魔化してはいけません。


自分達夫婦が、自分達夫婦の生活のために
命の選択をしたのだというのが事実です。
そう意識を持つことが、責任だと思うのです。


現在、障害を持つ子供を必死で育てている親御さんからすれば
子供のためにと理由をつけることは、一番悲しむ言い訳だと思います。


自分が産んだ子供が重度の障害を持っていた場合
どこまで積極的な治療をするか、患者さんの立場になって
考えてみるのもよいでしょう。

<障害児の親御さんの考え方についての悩み>


私は助産師をしております。
NICUが完備されているような病院で勤務させていただいていることから、
難しい事例も多くあります。


そのため助産師としてお産を取り上げることの喜びというのは、
中々実感出来ない環境にあるといえます。


そんな中、先日は早産で生まれてきた赤ちゃんは超の付く未熟児でした。
しかも心配停止状態で生まれてきたのです。
幸いにも蘇生に成功しましたが、両親はその後の治療を拒否されたのです。
理由は「障害が残る可能性が高い」と医師に告げられたからだといいます。


正直、先のことはわかりませんが今現在は生きることの出来ている
赤ちゃんなのです。
両親の意思とはいえ、どうして絶たねばならないのでしょうか。
罪悪感でいっぱいになってしまいます。

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障害児という問題については出生前判断というものも同じではないでしょうか。
今回のお悩みでは既に出生した後の話となっていますが、
障害を持って生まれるそのような人生を歩むという点では
共通しているのです。


障害児に対する個人の対応というのは、まさに社会をそのまま
映しているともいえます。
それは生まれてくる子供が障害児がどうかに神経を尖らせることなく、
生むべきかどうかを判断しなくても良い社会が理想なのでしょう。


ですから個人の考え方というのは社会の意識の反映なのです。
それは今回の相談内容にも当てはめることが出来、
個人的な経済負担の理由なども当然あるのでしょうが
障害児を育てやすい社会であるかどうかが根底にあるとも言えるのです。

キレやすい医師への悩み

相談内容ではキレ方というのも人を見てということのようです。
このタイプはありがちで相手の職位を見てキレているのは明白です、
なぜかというと私の職位が上がるに連れてキレる頻度が少なくなっていったからです。


他には職位関係なく手当たり次第にキレまくる人もいますので、
そのような人に比べるとまだマシかもしれません。


もちろん、役職がない看護師なら怒鳴ってよいわけではありません。
キレて怒鳴るということに何の意味があるのかと聞きたくなりますが、
このようなキレる医師であっても自分より上の医師へは
絶対にキレることはありません。


いっそ誰であってもそうであれば諦めが付くというか、
職務上の問題として提起することもできるのですけどね。


医師というのは若い頃から「先生、先生」といわれて、
ちやほやされて仕事をしてきたという側面があります。


そのためかキレることを含めて未熟な行動というものが
許される立場にあるとも言えるのです。
医師ではなく一般的なサラリーマンなどであれば、
使い物にならないような人間性を持っていても
医師という腕があるだけでやっていけるのでしょう。


最近では一般企業でもキレる上司、キレる部下というのが
増加傾向にあるということです。


キレるというのは自制心がなく言語化能力が未熟であるという
証拠でもあるのです。
医療職だけにキレる人がいるわけではなく、
医療職に少しだけそのような人の割合が高いと思ったほうがよいでしょう。

<キレやすい医師についての悩み>


些細なことでキレる男性医師との関わり方について悩んでいます。
ちょっとしたことでキレて看護師を怒鳴りつけ、
相手によって態度を変えるという曲者なのです。


同じ失敗をしても看護師長などであれば「しょうがないね」となりますが、
私などの場合には「何やってんだ!気をつけろよ!」となります。


これは看護師としての仕事上の悩みというよりは、
人間関係の悩みであると思うようになりました。
どうすればこのような問題は解決するのでしょうか?
医療関係の職場ではよく人間関係が悩みであるということを聞きます。
どうして人間関係に関する問題が多くなってしまうのでしょうか・・・


人間関係での悩みというのは仕事をする上で非常にストレスになってしまうのです。

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キレる医師というのは本当に残念な存在でなりません。
腹立たしいですしお気の毒だなぁと思います。


一度恫喝されてしまうとその医師とは距離を置きたくなります。
私の経験上もそのようなことが何度もありましたし、
現実にキレやすい医師というのはどこの病院にも、
どこの科にも存在するのです。


「激しく討論する」ことと「キレて怒鳴られる」というのは、
完全に違うものであることは明白です。
また、キレる医師というのは今に始まったことではなく
昔からなのですが最近の傾向としては
年齢と問わずにキレる医師が増えている印象がありますね。


腕がよくても性格に問題があるとなれば、
もはや医師としてというよりは人としてどうかという話になってしまいます。